ナポリ 恵比寿が必要としているもの
背景や経緯が何であったにせよ、わが国を無条件降伏させた最高権威による指示はあまりにも大きな意味を持った。
戦後のわが国株式市場は、先物取引を「投機」行為として罪悪視するところからスタートしたのである。
一方、証券業者の側では、戦前の経験へのこだわりが捨てられず、取引の規模を拡大するという単純な意味での市場振興策として、清算取引の復活をしばしば訴えた。
結局、一九五一年には、業界の主張を部分的に取り入れる形で、市場の厚みを増す「仮需給」を導入するとの名目の下に信用取引制度が創設された。
信用取引自体は、決して非難されるべきものではないが、当時の証券界に企業の資金調達手段としての株式とその機能を支えるものとしての流通市場の意義に対する深い理解があったかどうかは疑問である。
導入の経緯から、信用取引が、いたずらに投機的な性格を有するものとみなされがちになってしまったことは残念である。
皮肉なことに、わが国での先物取引解禁は、かつて先物取引の禁止を命じた当の米国からの要請で実現することになった。
すなわち、一九八三年に始まった「日米円ドル委員会」において、わが国金融市場の自由化や制度改革が要求される中で、債券先物市場の創設が検討の対象となったのである。
国憤の大量発行が始まり、国債への投資家が利用できるリスク・ヘッジの場がないことが、外国人投資家の立場からも問題視されたのである。
債券先物取引は、一九八五年、東京証券取引所で開始された。
これに対して、株式の先物取引は、戦前の経験もあって債券先物よりも更に「投機的」で慎重に検討すべきものとの意見が強かった。
既に欧米では、機関投資家による株式投資の拡大を背景に、株価指数先物取引が開始されていたが、わが国では、「株価指数は証取法にいう有価証券ではない」といった技術的な論点が強調され、議論が長引いた。
一九八七年六月から大阪証券取引所で取引された「株先五○」は、こうした論議を背景に、限られた銘柄数の現物株式の組み合わせで市場ポートフォリオのリスク・ヘッジを可能にする革新的な商品であった。
その後、証取法が改正され、ようやく一九八八年九月から、東証と大証で本格的な株価指数先物取引が開始されることになった。
ところが、生まれたばかりの株式先物市場にとって不幸なことに、取引が始まって一年余りが過ぎた一九九○年初頭から株価の下落が続いた。
株式市場におけるバブルが崩壊したのである。
この結果、いわゆる「先物悪玉論」が展開され、順調に拡大していた先物市場の成長に水が差されることになってしまった。
先物悪玉論とは、要約すれば「現物市場における株価の下落が先物市場によって増幅されている」という主張である。
その根拠として、「先物市場の規模が大きすぎて現物取引に向かうべき資金が流れていない」とか、「現物と先物の裁定取引が株価急落を引き起こす」といった様々な議論が展開された。
一九九○年当時の市場は、現物取引がほとんど行われない中で、「当所株」の先物取引ばかりが盛んであった戦前の株式市場とは、大きく異なっていた。
確かに、取引が始まったばかりの日経二二五株価指数先物が、短期間で世界最大の取引規模になったことは注目に値する。
とはいえ、当時、東京証券取引所の時価総額がニューヨーク証券取引所を上回って世界最大になるなど、わが国株式市場の規模そのものが「バブル」状態とはいえ、大いに拡大していたことを考えれば、先物市場だけが異常であったとは断定できないだろう。
先物悪玉論に対しては、日経二二五株価指数先物を上場する大阪証券取引所を中心に、様々な反論も展開された。
しかし、「投機的な先物取引よりも現物市場の株価が重要」との声にかき消され、一九九○年八月以降、先物取引委託証拠金率の引き上げや気配更新値幅の縮小など四次にわたる規制措置が実施された。
また、一九九二年三月には、先物取引に関する委託手数料や取引所会費が二倍に引き上げられた。
先物悪玉論を背景とする規制強化は、株価の上昇にはつながらなかったが、一つの明確な「成果」を生んだ。
すなわち、大阪証券取引所における日経二二五株価指数先物の出来高が、一九九一年三月をピークに減少に転じ、代わって、シンガポール国際金融取引所(SIMEX、現SGX)での同先物の出来高が急増したのである(613)。
皮肉なことに、この現象は、規制強化から数年を経た一九九四年頃には、ロンドン証券取引所における日本株売買の拡大や東京証券取引所外国部における上場企業数の減少と並んで、日本市場の競争力低下を示す「空洞化」だとして問題視されることになった。
実際には、もともと、活発に行われてである。
ところが、こうした規制強化は、株価の上昇にはつながらなかった。
後識釈に過ぎないが、当時の株価が、経済のファンダメンタルズから元離した「バブル」の状態にあった以上、少々のことで株価の下落に歯止めがかからなかったのは当然とも言える。
しかし、このことは、新たな悪玉論の台頭につながり、今度は日経二二五株価指数の作成方法が槍玉に挙げられることになった。
組み入れ銘柄の単純平均をとるという計算方法が、時価総額の小さい銘柄の株価下落を過度に反映し、市場心理に悪影響を及ぼすといった批判が展開されたのである。
この見解は、一九九二年一二月に発表された旧大蔵省の「先物取引の在り方について」でも是認され、新たに加重平均型の日経三○○指数が考案されることになった。
その後、三○○指数が、長年市場関係者に親しまれた二二五指数のようには定着せず、関連商品の取引高も低迷しているのは周知の通り取引をやめさせるために規制を導入したのだから、所期の成果が上がっただけのことだったのだが。
結局、先物悪玉論は、大証の先物取引の場としての地位を低下させ、シンガポール市場の成長を助けるという帰結をもたらした。
その後、空洞化論の更なる高まりを受けて、遅まきながら規制の緩和が図られたが、市場はかつての勢いを取り戻すには至っていない。
さて、二○○二年に入ると、三月末の株価水準次第では主要銀行の決算が危機的な内容になるという「三月危機」説が叫ばれるようになった。
欧米のヘッジ・ファンドが、空売りを利用して銀行株を売り崩そうとしているといった指摘がなされ、今度は「株式市場における空売りが株価を押し下げているから規制せよ」との議論が沸き起こった。
空売りとは、保有していない証券や借り入れた証券を売却する行為であり、後日買い戻しを行って清算する先物取引の一種である。
金融庁による処分に対しては、外資系証券会社に対する処分件数が多かったことから「外資狙い撃ち」といった声も上がったが、法令違反は法令違反であり、外資系だから、あるいは国内の証券会社だからといった理由で特別扱いされることはあってはならない。
しかし、そもそも、不公正取引にあたるとは言えないものも含めた空売り一般について、株価の下落につながるから抑制されるべきだという見方が適切であるかどうかは、大いに疑問である。
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